コラム(詳細)

不動産鑑定士からみた競売評価(最低売却価額から売却基準価額へ)

2005.05/01

中国税理士会報(平成17年5月)掲載

1、不良債権処理と競売評価

平成17年4月1日から、裁判所で行われる競売は、従来の最低売却価額制度が見直しされ売却基準価額制度になります。これで、昨年の4月1日に施行された民事執行法の大改正とあいまって、競売制度の改革は一応の完結をみるに至りました。今、思えば平成10年の政府の土地・債権流動化トータルプラン、金融再生トータルプランでデューデリジェンスといった概念が初めて公式にとりあげられた頃から、不良債権処理に伴う評価は、不良債権物件に止まらず一般の評価にまで大きな影響を与え、我々不動産鑑定士の評価のあり方も転換を迫られました。

競売制度は執行妨害との戦いの歴史といわれていましたが、平成3年当時4万件台であった競売の申立件数は、平成10年には7万件を突破する事態となり、バブル崩壊後の不良債権の早期処理の要請を背景に最低売却価額不要論を始め様々な議論が沸き起こりました。その後、売却率の向上や迅速化に向け、法整備が逐次行われると同時に、競売の評価を行う評価人(そのほとんどは不動産鑑定士が選任されている)の間でも、従来から行われていた各地の地裁レベルの研究会に加えて、平成15年には全国的により質の高い競売評価の実現に向け「全国競売評価ネットワーク」が設立されました。

そこで、本稿では、新しい競売制度の概要、評価の仕組み、評価人の研究成果、今後の課題等についてとり上げます。競売評価制度理解のための一助となれば幸いです。

2、競売評価と売却基準価額制度

2-1、競売評価の意義

競売による売却は、不当に低額で売却されることを防止し、多数の入札者による競争を経て、適正な価格で売却されることが必要です。今回の改正で、従来の最低売却価額制度はなくなり、売却基準価額制度が導入されますが、やはり執行妨害や談合等による不当な安値での落札を防止する必要性等から、「一定の額以上の価額での入札しか認めない」という入札にあたっての最低価額の制度の枠組みは維持されています。

2-2、競売の評価とは

競売の評価は、通常の評価よりかなり安いといわれています。「競売物件はお買い得」などといわれていますが、何故安いのか、評価の特性やリスクをよく理解しておくことが大切です。

一般に、競売の評価は入札にあたっての最低価額を算出する基礎となる額であるという位置づけと競売手続きの制度上必然的に伴う減価が反映されています。おおまかに表現すれば、まず通常の評価額を求め、これに競売特有の減価率を乗じるという方法がとられています。

通常の評価 X 競売特有の減価 競売の評価

競売の手続き制度上の減価事由としては主として次のものが指摘されています。

売り主に当たる物件所有者の協力が得られないことが多いこと。
競売不動産に対する心理的抵抗感があること。
内覧制度を利用する場合を除き、原則として、買受希望者が事前に物件に立ち入って確認できないこと。
現況地積や現況床面積が異なっている可能性があること。
隠れた瑕疵が存在する可能性がある。しかも原則として現状有姿で引き渡されること。
執行官による現況調査後の占有把握が困難であること。
滞納管理費等の発生、または増額の可能性があること。
物件明細書の記載は確定的な判断ではなく、既判力もないので、将来裁判によって法律関係が変更される可能性があること。
買受申出保証金として、売却基準価額の約2割を納付しなければならないこと。
入札額から保証金額を控除した残代金は、売却許可確定から1ヵ月以内に全額を現金で納めなければならず、裁判所に対しては分割払いができないこと。
物件の引渡しは、買受人が自ら物件所有者と交渉して行わなければならず、事案によっては法的手続きをとる必要があり、経済的負担、時間的負担及び身体的負担があること。
情報提供期間が限られていること。
開札期日開始までは、債権者はいつでも任意に取下げができること。

さて、実際の減価率ですが、物件の特徴や市場の需給動向、最近時の落札結果等を勘案しながら、個別に決定します。広島管内では、通常の時価は地価公示価格ベースで判断し、減価率は概ね50%前後を適用する事例が多いようです(東京では概ね30%といわれています)。

2-3、売却基準価額制度

(1) 売却基準価額とは
従来の最低売却価額制度は、評価人が行った評価に基づき執行裁判所が最低売却価額を定め、これを下回る額での買受け申出を認めないという制度でした。
これにかわる売却基準価額制度は、最低売却価額を売却基準価額に改め、この価額からその2割に相当する額を控除した価額以上での買受け申出を認めるという制度です。
(2) 20%減とは
立法の経緯をみてみますと、評価にはどうしてもある程度の幅がでること。最低売却価額で売れなかった場合に2割程度下げた価額で再競売する運用を行ったところ売却に至るケースが出てくること等を勘案して、20%減を認めるに至った模様です。
なお、減価率については、20%とするか30%とするか等さまざまな議論があったようです。

(注) 東京地裁では第一回目では90.3%のものが売れるが、残りをその後20%下げて再競売すると97.1%が売却されたというデータがあります。
(3) まとめ
裁判所に備えつけられている評価書の評価額そのものの価格水準は変更されません(従来より、高く設定したり、低く設定したりすることはありません)。
つまり、 今後は、従来より20%減した価額での入札が可能となるのです(この価額のことを買受可能価額といいます)。競売の実施にあたっては、売却基準価額とそれを20%減した買受可能価額も公示されます。
なお、競売は申し立てた債権者の債権回収のための手続ですから、売却をしても優先債権者が債権回収するだけで競売を申し立てた債権者が債権回収できない場合(無剰余)には競売しないことになります。今回の改正で無剰余かどうかの判断は買受可能価額を基準に行うことになりました。
また、複数の物件を売却した場合に物件の売却代金から債権者へ配当しようとしたところ、各物件ごとに担保権の付き方が違う場合などがあり、各物件ごとに代金額を割り付けないと配当計算ができないことがあります。今回の改正ではこの割付の基準は売却基準価額とされています。
(4) 雑感
売却率も向上しており、この時期に入札価格を引下げるのは遅きに失したのではないか、競売特有の減価を行ったものから更に20%減価すれば、所有者の財産権を侵害しているのではないかといった議論もあります。私は、昨今の景気回復と経験則からみて、最低入札価額が低くなれば、入札者が現れ落札価額もかえって上昇するといったケースも出てくるのではないかと思っています(最低入札価額が高いと参入意欲そのものを失いますが、いったん入札すると決めれば、是が非でも落札したいという気持ちが働くのか意外に高値をつける場合が見受けられます)。

売却基準価額制度の表

3、評価人の取組

3-1、現在までの取組

従来、地域や評価人によってその評価手法や内容が異っていましたが、全国的に共通の基盤に立った評価を行うべきとの観点から、全国競売評価ネットワークで協議を重ね、評価基準と評価書式の全国標準化を実現しました。今まで独立性、独自性をよしとしてきた評価制度からユーザーの視点に立った180度の方向転換といえます。

また、農地や山林、リゾート物件など売れにくい物件について特に調査・研究を行い売却のための評価方法が検討されました。その外にも、評価人を対象とした研修の実施や土壌汚染、収益還元法、ヒヤリ事例の収集、データ分析等全国的に均質な競売評価を実現するために様々なことが、裁判所のご協力も得ながら実施されました。

3-2、今後の取組

以上の様に、裁判所と評価人間の努力により一定の共通認識の結実に至りましたが、現在も評価事務全体の一層のレベルアップ、評価プロセスの透明性・客観性の一層の確保、新評価手法の検討等のために地裁・全国レベルで活動を続けています。今後の当面の取組みとしては、主として土壌汚染に対する具体的対応と収益還元法の導入の2点があげられます。

土壌汚染については、評価にかけられる時間や費用の制約、必要とされる調査レベルの程度の問題、専門的・技術的問題、価格への反映方法等今だ多くの現実的課題が残されています。

収益還元法については、DCF法の活用も含め、収益性が取引の判断基準となる側面が強い物件については東京、大阪等では既に導入済みです。広島管内でも現在試行段階にあり、近々正式に導入される予定となっています。

4、平成16年4月1日施行の民法、民事執行法の大改正の影響

閑話休題、「担保物権及び民事執行制度の改善のための民法等の一部を改正する法律」が平成16年4月1日から施行されています。短期賃貸借制度が廃止される等の大改正であり、大きな影響が認められますので、今回平成17年4月に施行された改正法の事項ではありませんが、ここで触れたいと思います。

4-1、短期賃貸借制度とは

建物についていえば3年を超えない短期の賃貸借をいい、たとえ競売になっても建物を引続き利用することができる制度です。今回の廃止により、抵当権に後れる賃貸借は、抵当権者や競売の買受人に対抗することができなくなっています。

4-2、廃止に伴う新しい制度

(1) 6ヵ月間の建物明渡猶予期間
借主の保護を図るため、建物については買受人の代金納付から6ヵ月間に限り、明渡猶予を受けられることとなりました。
(2) 抵当権者の同意制度
賃貸借に優先する全ての抵当権者が同意をし、その同意について登記がされたときは、当該抵当権者や競売の買受人に対抗することができることとなりました。

4-3、注意点

(1) 敷金
抵当権に後れる賃借権者が差し入れた敷金は買受人に承継されないこととなりました。従って、旧所有者に敷金の返還を請求することになりますが、競売申立をされているような状況ですから、まともな返還はあまり期待できないと思われます。
(2) 内覧制度
内覧制度が創設されました。これは、競売手続において、差押債権者の申立があるときは、買受希望者にあらかじめ競売不動産の内覧を認める制度で、手続を経て日時を定め、不動産の内部を見学することが可能となりました。
裁判所が内覧実施した場合には、差押債権者等に対抗できない占有者は正当な理由なく立ち入りを拒んだときは罰金に処せられる場合があります。ただ、内覧実施の申立ては今のところ意外と少なく、全国的にほんの数件という状況です。
(3) 経過措置
施行日(平成16年4月1日)後に新たに賃貸借契約する場合に新法が適用され、施行日前からの短期賃貸借契約については旧法の規定が適用されるので注意が必要です。

4-4、影響等

競売の買受人としては、明渡猶予期間である6ヵ月間の建物使用に対する対価の不払等に対するリスク(注)はありますが、賃貸物件として継続して収益を得ようとする場合には、テナントの入替え(選別)によるバリューアップが可能となる等の利点もあります。

一方、今回の改正により、抵当権者の同意制度を利用しない限りは、テナント(借主)はほとんど法的な保護が受けられないことになりました。最悪の場合、[1] 突然の契約中途での立退き、[2] 敷金が返ってこない、[3]内覧のオプションを行使されれば内部を見学されるといった事態にもなりかねません。なお、仲介業者等はこれらのリスクを事前に入居希望者に伝えることが望ましいと思います。

今後は、単にビルの立地条件や設備の良し悪しだけではなく、所有者の資産状況、抵当権の設定の状況、抵当権者の属性・同意の有無等も入居の選定や評価に影響を与えるものと思われます。

(注) 対価の支払いがない場合には、買受人が相当の期間を定めて、1月分以上の支払いを催告し、その相当の期間内に履行がないときには建物明渡猶予制度の適用はありません(民法395条2項)。この場合、買受人は6ヵ月を待たずに引渡命令を求めることができます。

5、最後に(私的提案)

最後に、一評価人の立場から、3つの私的提案を行ってみたいと思います。

5-1、土地・建物一体としての評価

一般に、更地価格+建物価格=土地建物価格という認識が強くあります。我が国の民法は土地と建物を別個の不動産として識別している関係上、土地と建物にわけて算出することとなりますが、一体としてみた場合の検討も大切です(なお、収益還元法の立場からは土地建物一体として収益性を把握しますので、一体としての価値が示されます)。建物の用途が特殊で市場性が著しく劣るもの、主観点指向の強いもの、老朽化の著しいもの、標準的な家賃を徴していないもの等現実には不具合な建物が建っているケースや収益性が得られていないもの等が多くあります。特に、建物の取壊しが合理的と認められるケースでは更地価格-建物取壊費用=評価額とするのが妥当です。多くの売却困難な物件はこれに該当するものと思われます。担保権の関係から現実にはこの様な評価は行われていませんが、経済価値を判定する評価という立場からはこの様な評価手法を認める必要もあるのではないかと思います。

なお、税務上の評価でも同様のことが指摘できます。

5-2、事件番号

競売物件は、事件番号(例えば事件番号平成17年(ケ)○○号等)で整理されています。事件(ジケン)という響きが一般購入者にとってみれば、心理的に購入意欲をそがれる一因になっているかもしれません。何か別の呼称、例えば単に受付番号とする等が望ましいと思います。

5-3、内訳価格の表示の仕方

配当等の判断のため、現状は法定地上権の成否等の敷地利用権の判定を行い、土地価格から敷地利用権価格を控除し、建物価格には敷地利用権価格を加算するとの評価手法(評価プロセス)をとっています。このやり方は、実は購入者にとって評価額をわかりにくいものにしています。「建物の評価額が非常に高いのですが・・・」等の質問をよく受けます。「法定地上権が成立しますので・・・」との回答も、法定地上権の説明から必要となり、また誤解を招く場合も多くあります。一括売却が行われる限り、敷地利用権価格は購入者にとっては不必要かつ混乱を招く情報であることから、配当等の判断のための資料は別途作成する取扱いとし、ストレートに土地価格○○円、建物価格○○円との表示方法がより有益でわかりやすいのではないかと思います。

以上